
基本は変っていない。あのころも偶然に頼っていた。今はその偶然の発生率が高くなった。あとはごまかし方が上手になった。趣味が仕事になって、だいぶ楽になった。編集さんが、正してくれるし、褒めてもくれる。さらにお金もいただける。いい事尽くめだ。こんな風に仕事が出来るのは家族のおかげ。
これは10年前プリントゴッコで作った音楽会のDM。趣味だからお金は発生していない。ああ、誤字があるし・・・。苦労したのに苦労が見えないのは版画のいいとこだなあ。
この後挫折して、またしばらく絵筆を押入れにしまいこむ。5年後火をつけられ再び描き始めた。挫折は自分の思い込みで、いつだって私の絵は私を助けてきてくれた。
先日、実家で荷物を処分した。19年間のスケッチブックとかデッサンとか描き損じとかを捨てた。高校で褒められた作品と、予備校で1位2位とった作品だけは捨てられず、邪魔になるけれどとっておいた。
過去の恥ずかしい作品群を燃えるゴミと資源ゴミに分けながら、作品の良し悪しを決めるのは、そこに愛があるかどうか、ということだと思った。証拠隠滅するかのごとく捨てたけど、このゴミの延長上に自分がいることを忘れないようにしたいと思った。


